豊洲青果市場へ見学ー青果卸売業における変化と挑戦

豊洲市場の前身である、築地市場は、1935年(昭和10年)から2018年まで83年間にわたり、都内/関東近県の住民に新鮮な野菜と果物を供給してきた。しかし、設備の老朽化やそれに伴う衛生管理上の問題から、1991年(平成3年)東京都は、現在地再整備の改修事業を開始。しかしながら、費用と工期が膨大になることが判明し、2001年(平成13年)に豊洲地区に移転することを決定。2018年(平成30年)に移転完了し、同年10月11日に開場した。築地市場の整備計画は実行まで約20年を要した。READ MORE

起業しながら優雅な生活を送っている、チューリップのようなLaaLaa


昨年冬、凍えるような寒い日に参加した忘年会で初めてLaalaaさんと会った。東京にこのような交流会はたくさんある。新しい人と出会うのは簡単だけど、大体の人は交流会後また日常に戻り連絡を取りあうことがほとんどない。
    
二回目Laalaaさんと会ったのは、旧正月中に国内にいる旅人のために開催された「團圓飯」※1の会だった。その場で彼女が芸術関連の事業を立ち上げようとしていることを話してくれ、その場でオンラインサービスを見せてくれた。その瞬間彼女の起業家魂が伝わってきたとき春の匂いがした。READ MORE

Worklife in Japan – 海外でのキャリアをみえる選択肢になる

2009年から日台ワーキングホリデー制度が導入されました。年間の発行数が5000人となっています。Victorさんは2010年の夏に台湾で3年間やっていたバイヤーの仕事を辞め、国内旅行通して日本の四季を感じながら、アルバイトする予定だったので、ワーキングホリデービザで来日しました。READ MORE

日本で台湾料理を教える!イベントの申し子Hamu

日本に来る目的というのは人それぞれのようだ。私たちはこれまで、外国人が日本にやって来るのは日本で働いてキャリアを積みたいからだとか、より良い生活を送りたいからなどといった理由ばかりだと思っていた。ところが、最近はこれらとは異なる回答がインタビューのたびに得られるようになった。「もっと涼しい場所で暮らしたいから」という人もいれば、「自分への誕生日プレゼントとして」日本に来たという人もいた。

今回インタビューに応えてくれたHamuさんは、当初ワーキングホリデーのために日本を訪れ、最終的には「イベント開催」のために日本に残る道を選択した。現在彼女は「Talking×Talking 日本語×台湾華語」と「Cooking Taiwan 食いしん坊・愛吃鬼の料理教室」という2つの日台交流イベントを主催しており、毎週様々なイベントを開いている。

平日は日本企業に勤めているHamuさんだが、週末の「イベント開催」こそ、彼女の「本業」といえるかもしれない。

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チャンスは最後まであきらめなかった者にのみ与えられる:吉本興業番組制作のMAYU

日本のお笑いが好きな人で、吉本興業を知らない者はいない。台湾人のMayuは10年前に吉本興業所属のお笑い芸人ロンドンブーツ1号2号の田村淳を知った。その時、何が何でも将来吉本興業で働くんだと心に決めたのだ。そしてその10年後の今、私たちは吉本興業東京本社でMayuのストーリーを聞いている…いったい台湾人である彼女はどのような道を歩んできたのだろう。
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日本「住みますアジア」海外プロジェクト-台湾での7年の旅が始まった「漫才ボンボン」 (漫才少爺)

日本で働く台湾人にインタビューする過程で、偶然台湾で奮闘する日本人のお笑いコンビと知り合う機会を得た。リアクション芸やコントであれば、外国人にも伝わりやすいかもしれないが、彼らは漫才という「喋り」だけで勝負するお笑い芸に、あえて海外で挑戦している。彼らはどうして挑戦の場に台湾を選んだのだろうか。

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こんにちは!わたしは日本から来た台湾人です- 日本語編集者KIKI

日本で働く台湾人数の統計(2015)の記事中の資料からわかることは、日本で働く台湾人の中で最も多くの数を占めるのが永住権を持つ者であるということである。さらに配偶者として入国した者を含めると、半分近くの台湾人が日本で長期に渡って生活するつもりがあるということになる。さらに、日本は制度上二重国籍を認めないため、家庭を持ったら、その子供は台湾国籍を持つことになるというのも一つの選択となる。となれば、もしかしたら「日本で生まれ育った台湾人」というのは、そこまで矛盾した響きにはならないかもしれない。READ MORE